PR

忘れ去られた山奥の終着駅、志高ロープウェイ立石山駅の今。朽ちゆく廃ゴンドラはまだ客を待ち続けていた…。道なき道の先の郷愁を写真と共に綴る。

錆びついた制御盤のある暗い廃墟の内部から、窓越しに草むらに囲まれた放置された志高ロープウェイのゴンドラを眺めるアイキャッチ画像。テキストは【大分】志高ロープウェイと「道なき道の先に眠る、美しき郷愁のユートピア」と書かれている。 廃墟・廃線跡

別府の山奥にひっそりと眠る「志高ロープウェイ立石山駅」は、今もなお圧倒的な郷愁(ノスタルジー)を放ちながらそこに佇んでいました(2025年現在)。

かつて家族連れの歓声で溢れていた「志高ユートピア」の面影。

それは、今や深い森と錆、そして静寂に包まれています。

実際に道なき道をかき分けて辿り着いた先で私を待っていたのは、自らの重みに耐えかねて沈み込みながらも、どこか誇らしげに客を待ち続けているゴンドラの姿でした。

暗い森の廃墟(立石山駅舎)の中に、錆びついた鉄骨構造物と、そこに残された赤と白の志高ロープウェイのゴンドラ。ゴンドラの車体には「乙原」と書かれている。
暗い廃駅の中に静かに佇むゴンドラ。錆びついた鉄骨に守られて、彼は今も客を待つ

正直、辿り着くまでは「本当にまだ残っているのか?」と不安でしたが、目の前にあの色褪せた駅舎が現れた瞬間の震えるような感覚は、今も忘れられません。

この記事では、私が現地で目撃した、時が止まったままのリアルを写真と共にシェアします。

ネットの古い情報ではなく、今この場所がどんな空気を纏っているのか。廃墟好きならずとも胸が締め付けられるような、切なくも美しい風景をぜひ一緒に体感してください。

スポンサーリンク

森に飲み込まれる立石山駅と「沈みゆく」ゴンドラ

深い藪を抜けて目の前に現れた立石山駅は、想像以上に「生々しい廃墟」としてそこにありました。

志高ロープウェイ立石山駅の、廃墟となった待合スペース。苔の生えた4つの緑色の椅子が並び、割れた窓ガラスと崩れた天井、床に散乱する瓦礫が、長い時の経過を物語っている。
割れた窓から吹き込む風と、ひっそりと並ぶ苔むした椅子。かつての賑わいが嘘のように、駅舎はただ静かに、森の一部になろうとしていた

建物も設備も、そしてあの有名なゴンドラも、完全に自然のサイクルに組み込まれ、ゆっくりと、でも確実に地面へと還りつつあります

駅舎の中に入るとさらに時が止まった感覚に襲われます。

誰もいない売店跡には、なぜか大量のストローが散乱していました。

志高ロープウェイ立石山駅の売店跡。薄暗い室内の床一面に、赤と白のストローが大量に散乱しており、中央に金属製のトレイが置かれている様子。奥には閉まったシャッターが見える。
賑わいの記憶を吸い上げた、無数のストロー。かつての日常がバラバラに砕け散ったかのような光景に、思わず足を止めてしまった

さらに、隅っこには色褪せた自販機が。

志高ロープウェイ立石山駅に残された、壊れた古い自販機の操作パネル。錆びついた「リアルゴールド」や「HI-C(ハイシー)」、「HOT COFFEE」のボタンが並び、割れたガラスの奥には複雑な配線がむき出しになっている。
割れたガラスの奥に覗く配線と錆びついたボタンが、ここがもう動かない世界であることを静かに突きつけてくる

そして、この記事のハイライトでもある沈みゆくゴンドラ

「いらっしゃいませ ありがとうございます」という、今となっては誰も送り出すことのない看板のすぐ先に、彼はいました。

志高ロープウェイ立石山駅のホーム跡。左側の苔むした階段の先に「いらっしゃいませ ありがとうございます」の看板が見え、その右側で「乙原」と書かれた赤白のゴンドラが地面へと沈み込むように静止している。全体を錆びた鉄骨と深い緑が覆っている。
歓迎の言葉が虚しく響く、無人のホーム。足元へと沈みゆく「乙原」号は、二度と来ない客を待ち続けながら、静かに森の深淵へと還ろうとしていた

ゴンドラ自身の重みに耐えきれず、地面にじわじわと沈み込んでいるその姿は、まるで「もうここでゆっくり休ませてくれ」と言っているかのよう。

あと何十年か経てば、このゴンドラも建物も、完全に崩壊してなくなってしまうかもしれません。

この場所が放っていた「終わってしまったユートピア」の郷愁(ノスタルジー)は、言葉を失うほどに美しく、そしてどこか寂しげでした。

乙原の「道なき道」の先にあった幻の駅

この幻の駅に辿り着くためのルートは、正直に言って道なき道を突き進む、ちょっとした冒険そのものでした。

別府駅側から「ラクテンチ乙原ゲート」を目指し、そこから山の中へと分け入っていくのですが、地図アプリを眺めているだけでは絶対に辿り着けないような、ハードな行程が待っています。

スタート地点は、ラクテンチ乙原ゲートのすぐ裏手。

「乙原の滝」とはちょうど反対方向へと足を進め、ひたすら急な坂道を登っていきます。

しばらく歩くと、森の中にポツンと謎の鳥居が現れます。

うっそうとした森の中、生い茂る緑豊かな下草と杉の木々に囲まれて、苔むした古い石鳥居が静かに立っている。
うっそうとした森の奥深くに佇む、苔むした鳥居

これが最初の目印。

ここからはもう「道」と呼べるようなものはなく、鳥居の左側にある斜面を文字通り「駆け上がる」ような感覚で進みました。

足元は不安定だし、生い茂る草木が行く手を阻みますが、「必ずそこに希望はある」と自分に言い聞かせながら斜面を突破しました。

その先で最初に見えてくるのが、ひっそりと佇む一軒の廃屋。

これが見えたら「正解」です。

そのすぐ先に、かつてのリフト乗り場が姿を現します。

まず目に飛び込んでくるのは、塗装が剥げ落ちて赤錆に覆われたリフトたち。

塗装が剥げ落ちて錆びついた2つのリフトが、生い茂る緑豊かな植物に囲まれた森の中にぶら下がっている様子。
時が止まった森に、ひっそりとぶら下がる錆びついたリフトたち。かつての賑わいは消え失せ、今では自然の一部として、ゆっくりと眠り続けている

それらはかつては観光客を乗せて軽快に空中を散歩していたはずですが、今はもう「浮くことに疲れてしまった」と言わんばかりに、重力に身を任せて力なく佇んでいます。

あとは、そのリフトのラインに沿うようにしてさらに山を登っていけば、目指す「ロープウェイ立石山駅」へと辿り着くことができます。

うっそうとした暗い森の中、急斜面に沿って残された錆びついたリフトの鉄塔と、苔に覆われた空の座席。鉄塔には文字の薄れた白い看板が取り付けられており、奥へと続くリフトのラインが山頂駅への道筋を示している。
朽ち果てたリフトが静かに示すかつてのユートピアへの道。今はもう誰も運ぶことのないこのラインだけが、山奥に眠る駅舎へと導く唯一の道標だ

取材時も、倒木や足元のぬかるみにはかなり神経を使いました。

もしこれから行こうと考えている方がいたら、歩きやすい靴はもちろん、「汚れてもいい、動きやすい服装」は必須

楽な道のりではありませんが、苦労して登った分、森の中からあの巨大な遺構がヌッと姿を現した時の感動は、何物にも代えがたいものがありました

なぜ廃墟となったのか?志高ユートピアとロープウェイが刻んだ歴史の断片

これほど立派な施設がなぜ山奥で朽ち果てているのか。

その答えは、1998年にひっそりと幕を下ろした「志高ユートピア」という遊園地の記憶にあります。

このロープウェイはかつて別府市街地と志高ユートピアを結ぶ夢の架け橋でしたが、ユートピアの閉園とともに解体されることはなく、四半世紀以上の時間をかけてこの場所に「置き去り」にされてしまったのです。

まず、勘違いしやすいのですが、この「志高ロープウェイ」は今も鶴見岳で元気に営業している「別府ロープウェイ」とは全くの別物

あちらは現役バリバリですが、こちらは役目を終えてひっそりと隠居した、知る人ぞ知る「もう一つのロープウェイ」なんです。

取材中、一番胸に来たのは建物の中に残されていた「在りし日の痕跡」でした。

床に散乱した乗車券販売報告書。

立石山駅の床に散乱した、古びて端が破れた「リフト乗車券発売報告書」の接写。湿り気を帯びた紙の奥には、「12月10日」や「九州」と書かれた看板の断片が写っている。
かつて誰かがここで働き、誰かに切符を手渡していた確かな証。ボロボロになった報告書の文字と、今や失われてしまった「賑やかな日常」の残像が静かに重なる

そこにはかつてここで誰かが働き、多くのお客さんを迎え入れていた確かな記録が刻まれていました。

さらに驚いたのは、なぜかポツンと置かれた洗濯機。

暗い廃墟の機械室の床に、古びてプラスチックが黄ばんだ二槽式洗濯機が置かれている。錆びたダイヤルや金属パネル、洗濯槽と脱水槽が見える。背景には錆びた鉄製の機械がぼんやりと写っている。
錆びた機械たちの片隅になぜかポツンと置かれた古い二槽式洗濯機。なぜここに? と思ったが、きっとかつてここで働いていたスタッフの、忙しい日々の洗濯物を受け止めていたのだろう

華やかな遊園地の裏側にあった、スタッフたちの日常がそのまま止まっているようで、なんだかタイムスリップしてしまったような不思議な感覚に陥ります。

「志高ユートピア」という名前が示す通り、ここはかつての日本が描いた理想郷(ユートピア)の一つだったのかもしれません。

それが今では、道なき道を進まなければ辿り着けない山奥で、静かに森に飲み込まれようとしている……。

バブル時代の熱狂が去り、忘れ去られてしまったこの場所。

けれど、今も残る洗濯機や色褪せた書類たちは、ここが単なる廃墟ではなく、確かに誰かの「楽しい時間」や「日常」を支えていた場所なんだということを、静かに物語っていました。

山奥に置かれたユートピアの記憶を抱いて

今回の取材を通じて改めて感じたのは、志高ロープウェイ立石山駅は単なる「動かなくなった機械の塊」ではなく、今もなお当時の夢や賑わいを守り続けている「記憶の箱」だということです。

立石山駅にはネットの画面越しでは決して味わえない、静かで、でも力強い「生きた時間」が流れていました。

「いらっしゃいませ」という看板の前で、地面に沈み込みながらもじっと佇むゴンドラの姿。

それは、華やかだった「志高ユートピア」という時代が確かに存在したことを証明する、最後の生き証人のようにも見えました。

志高ロープウェイ立石山駅の錆びた操作盤。メーター、ボタン、スイッチが並び、ガラス窓越しに赤と白のゴンドラと生い茂る緑の木々が見える。暗い室内と明るい屋外が対比されている。
メーターの針は止まり、スイッチが押されることはもうないが、その存在は「志高ユートピア」という時代がかつてここに確かに存在したことを静かに物語っている

道なき道を進み、ボロボロになったリフトや崩壊の進む廃駅舎を目にするのは、少し寂しい気持ちにもなります。

けれど、こうして誰にも邪魔されず、ゆっくりと自然に還っていく姿こそが、役目を終えた彼らにとっての本当の「ユートピア」なのかもしれません

もし皆さんがこの記事の写真を見て、何か心に触れるものがあったなら、ぜひその感覚を大切にしてください。

いつかこの遺構が完全に土に還ってしまったとしても、この記事が、あの山奥で「まだ客を待ち続けていた」彼らの記録として、誰かの記憶に残ることを願っています。

道なき道の先にある景色、あなたにはどう映ったでしょうか。

志高ロープウェイ 立石山駅に関するよくある質問

最後に、この記事を読んで「自分も行ってみたい!」と思った方や、この場所のことがもっと気になった方に向けて、よくある疑問をまとめておきます。

ここは「気軽な観光気分」で行くとかなり危険な場所ですので、事前の準備が運命を分けます。

Q
立石山駅までは、登山初心者でも簡単に行けますか?
A

初心者の方の一人歩きはおすすめしません。

道中には道標らしいものがほとんどなく、記事でも書いた通り「道なき道」や急斜面を突き進むことになります。取材時も足元が滑りやすくルートを見失いそうな箇所が何度もありました。しっかりとした登山靴と、登山アプリ(YAMAPなど)を使いこなせる準備をしてから挑んでくださいね。

Q
建物の中に入ることはできますか?
A

安全面を考えると、外側からの見学に留めておくのがベストです。

廃止から30年近くが経過し、駅舎の老朽化はかなり深刻です。いつ天井が落ちてきたり床が抜けたりしてもおかしくない状態でした。建物の外からでも、散乱したストローや自販機の姿は十分確認できますので、無理をして中に入るのは控え、マナーを守って「静かに見守る」スタンスで訪れましょう。

Q
ゴンドラはまだ動かせるような状態ですか?
A

残念ながら、二度と動くことはありません。

ワイヤーから外れ、自重で沈み込みながら静かに朽ち果てているのが現状です。でも、その「動かないからこそ漂う郷愁」こそが、この場所の最大の魅力。放置された廃ゴンドラはまるで生きているかのような不思議な存在感を放っていました。

Q
志高ユートピア側の「船原山駅」はどうなっていますか?
A

駅跡と廃ゴンドラが当時のまま残っています。

あちらはキャンプ場の一部として整備されており、対照的に明るい雰囲気ですが廃墟はそのまま残されています。船原山駅にも廃ゴンドラが残されており、当時の雰囲気を感じることができます。

Q
取材に最適な時期はいつですか?
A

10月〜11月頃がオススメです。

夏場は草木が猛烈に生い茂り、遺構が緑に埋もれて見えにくくなる上に、虫やヘビとの遭遇リスクも高まります。秋から冬にかけては草が枯れてくるので、駅舎やリフトの姿がはっきりと拝めるようになります。ただし、山の冷え込みは早いので防寒対策もしっかりしていってくださいね!

タイトルとURLをコピーしました